結論:佐木隆三『身分帳』(朗読:高川裕也)は、派手さはないのに、淡々と手を動かす時間ほど心に入ってくるAudible作品でした。朗読の声の向こうに「必死に生きる人」がいて、気づくとこちらの感情が揺れます。重さはあるけれど、耳読としては追いやすい部類でした。
当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムに参加しています。
■ はじめに
佐木隆三『身分帳』をAudibleで聴きました。朗読は高川裕也、再生時間は11時間29分、配信日は2021年6月25日です。Audibleの概要欄で「映画化」の文字を見かけて気になり、さらに「前科10犯・満期出所」という強いフレーズに引っぱられて再生しました。
西川美和監督・脚本、役所広司主演の映画『すばらしき世界』(2021年)の原案にもなっており、映画を先に観た人にとっては原作の手触りを確かめる入口にもなります。
聴き終えた感想を先に言うと、これは華やかさよりも「人間」の作品です。起承転結の気持ちよさではなく、現実と向き合う手触りが残る一作でした。
■ 今日の耳読シーン
在宅で図面仕事をしながら耳読。変換・資料整理などの軽い工程から、修正・割付検討など中くらいの工程、詳細・納まり検討など判断が要る工程まで、仕事の流れの中で横断して聴きました。
派手さはないけれど、淡々と進む声の向こうに「必死に生きる人」がいて、じわっと感情が揺れる作品でした。起承転結で引っぱるというより、現実の手触りが残ります。
■ 本の概要
前科を重ね、満期出所した主人公が、社会のなかで必死に生き直そうとする記録です。はっきりした起承転結というより、出来事や出会いを積み重ねるように進みます。
「行路病死人」の章では、作者が実在の人を取材し、向き合ってまとめた手触りがありました。物語というより、現実がそのまま立ち上がるような重さが残ります。
■ ナレーションの印象
朗読の高川裕也が、とにかく主人公にハマっていました。「これほどハマる声はない」と思えるくらいで、声そのものが「主人公の体温」になっていた印象です。
逆に言えば、低い声のナレーターが苦手な人には、ここがきついかもしれません。ただ、作品自体が華やかさで押すタイプではないぶん、朗読の相性が良い人には静かに深く刺さると思います。
■ 作業との相性
※記号は「作業中の聴きやすさ」の目安です(作品の面白さ評価ではありません)。
- 変換・資料整理など:◎ 朴訥と進むので作業の背景に置きやすい。単調な工程との相性が高い
- 修正・割付検討など:○ 刺さる場面では一時停止が安心。感情が動く場面で集中が乱れやすい
- 詳細・納まり検討など:△ 重さが来ると判断作業の邪魔になりやすい。判断の多い工程では聴く時間を選ぶ
区切りは章よりも、気持ちの置き場が難しくなった瞬間に一時停止して調整するのが現実的でした。
■ 気になったところ
- 心の置き場が難しい場面がある:共感はするのに、納得はできかねる。身内に似た人がいる気がして、気持ちの整理がつかないまま次の場面に進むことがありました。作業中であれば流せますが、しっかり聴こうとする場面では負荷になります。
■ こんな人には合わない
- 華やかな展開や起承転結の気持ちよさを求めている人
- 低めのナレーションが苦手な人
- 感情移入しやすく、重さが仕事の気持ちに影響しやすい人
■ 心に残ったポイント
- 「ただで死ねるか」という意地:主人公の強さはそこにありました。真面目さの裏側にある生への執着が、静かに耳に残ります。派手な言葉ではないぶん、じわっと効いてきます。
- 共感と釈然としなさが同居する:必死に生きる姿に共感しつつ、物事の重みづけがなくすべてに全力で突っ込む感じに「もう少し肩の力を抜けたら」と思う場面もありました。共感はするのに納得できかねる。この距離感が独特です。
- 「行路病死人」の章の手触り:取材して書いた記事の手触りがあり、現実がそのまま立ち上がる章でした。物語の枠を超えた重さで、ここだけ空気が変わります。
- 華やかさのなさが浮き上がらせるもの:華やかな話は何もない。だからこそ、聴いているこちらの中にある感情が浮き上がってきます。この作品の独特の力はここにあると思いました。
- 「こんな人を理解できると良いな」と思えるかどうか:そう思えたとき、淡々と聴ける作品になります。距離の取り方を考えながら聴くタイプの作品でした。
■ こんな人におすすめ
- 派手さより、人間の「生き方」をじっくり見たい人
- 淡々と進む物語を作業しながら聴きたい人
- 理解しにくい誰かを少しでも理解してみたいと思える人
- 主人公のような人に困った経験があり、距離の取り方を考えたい人
- 映画『すばらしき世界』(西川美和監督・役所広司主演)を観て、原作を確かめたい人
■ Audible・Kindle・本で確認する
『身分帳』は、高川裕也の朗読が主人公の体温として作品に溶け込んでいるため、Audible版が向いています。一方、感情が揺れる場面をじっくり読み返したい人や、重い場面を自分のペースで確認しながら読み進めたい人は、紙やKindleの方が向いているかもしれません。
■ 総評
淡々としているのに、薄いわけじゃない。必死に生きる姿に共感しつつ、どこか釈然としない感情も残る。だからこそ、自分の中の「理解できない」部分に光が当たる作品でした。
「行路病死人」の章で見える取材の手触りが、この作品を物語から記録に寄せていきます。起承転結の気持ちよさではなく、「ただで死ねるか」という生の意地が、静かに残る一作です。
